個人に特化した代替コミュニケーションデバイス(AACデバイス)の開発

高次脳機能障害を事例として

2018

概要

自身の意思を伝達する手段の一つである「言葉」を失うと、その人のQOL(Quality of Life)は大きく低下する。言葉を失う原因はさまざまであるが、発話機能や四肢運動機能の障害によって自身の意思を他者へ伝えられない状態が長く続くことは、大きなストレスであり、社会性が失われることにつながる。言葉の喪失によるQOLの低下を抑制する方法の一つに、代替コミュニケーションデバイス(Augmentative and Alternative Communication devices、AACデバイス)の活用が注目されている。例えば視線の移動や指先によるタッチを入力として、それに応じた音声を発するデバイスを利用することで、相手に自分の意思を伝える方法である。しかし、従来のAACデバイスは、ユーザー個人のニーズを的確に捉えることが出来ていないという課題がある。そこで、高次脳機能障害者である特定の個人をユーザーに設定して、その対象ユーザーの協力のもと、デバイスに要求される機能の検討、デバイスのプロトタイピング(試作)、そしてその評価という一連の開発サイクルを何度も繰り返すというアプローチによって、ある個人に特化したAACデバイスを開発する試みを行った。

開発サイクルの概念図

最初に、対象ユーザーのニーズと状態を把握するため、ユーザーと密接な関係にある家族(コミュニケーションパートナー)に聞き取り調査を行った。その結果、ユーザーには、右手だけ可動、弱視・視野狭窄、発する音声は不明瞭といった特長があることがわかった。このような具体的な情報をもとに、1回目の開発サイクルを回した。右手によるキーボード入力やペン入力などができるタブレットアプリを開発し、そのアプリをインストールしたタブレット端末をユーザーに使ってもらって評価を行った。その結果、ペン入力は困難、右手可動域の限界などが明らかとなった。これに基づき、2回目の開発サイクルでは、タブレット端末とテンキーを組み合わせたデバイスを試作し、トグル入力や音声フィードバックといった機能も組み込んだ。この第2世代試作AACデバイスを対象ユーザーに使用してもらって評価したところ、デバイス操作の複雑さ、適切でないキー配列などが判明した。3回目の開発サイクルでは、新たにコミュニケーションパートナーや健常者による間接的な評価も加味するという工夫をした。第3世代デバイスでは、音声のみならず視覚的なフィードバックも加えて、さらに自由入力を廃して選択肢式(「はい」と「いいえ」による二択など)を採用した。評価の結果、このデバイスは十分活用できることがわかった。4回目の開発サイクルでは、さらに改良を進めて、選択肢の項目や個数を自由に設定できるようにした。このようなサイクルを繰り返す開発方法をとることで、対象ユーザーのQOLの向上につながる、個人に特化した新しいAACデバイスの実現に貢献できる。

第2世代試作AACデバイス

共同研究

  • 佐藤洋一研究室(東大生研)